Chili Piper:価格最適化へのホットな道のり
今回取り上げるSaaS企業はChili Piper。BtoB向けの日程調整SaaSとカテゴライズされることが多く、日本で言えばimmedioやSpirが近いサービスになる。もう少し詳しく説明すると、営業担当者が商談の日程調整をリンク経由で簡単に行うことができて、確定した日程がSalesforceやカレンダーに同期されるようなサービスになる。Chili Piperは、2016年に創業以来、夫婦で経営するブートストラップ企業として有名であり、2019年に初めて資金調達をしてからは急成長。創業9年目の2024年 ARRは約44億円に達している。資金調達が特に旺盛なセールステック界隈においては、堅実に成長してきたSaaS企業といえる。
今回Chili Piperを取り上げる理由は、大きく3つある。1つ目は、当ニュースレターの読者であり友人でもある人物からの紹介。2つ目に、Chili Piperがパッケージングに焦点を当て、価格設定を進化させてきた歴史があるから。当ニュースレターではこれまで、バリューメトリックに注目してきたが、Chili Piperはどちらかといえば機能をどのようなプランやオプションにパッケージングするか、ということに試行錯誤してきた。多くのSaaS企業は、バリューメトリックよりもパッケージングや値上げに悩むことの多いであろうことから、Chili Piperの価格推移は紐解く価値がありそうだと判断した。そして3つ目は、彼らの積極的な価格改定である。実に創業から現在までの9年間で、確認できるだけで11回価格改定がおこなわれている。特に価格設定を担当するジェイソン・オークリー氏の在籍中には、年3回も実施された年もあった。Chili Piperの軌跡を辿ることで、彼らの狙いに迫ることができると考えた。

筆者集計
残念ながら特定の価格改定の意図を話しているインタビューを見つけることはできなかったものの、価格設定を担当するジェイソン・オークリー氏のインタビューや、創業者らの意図が垣間見えるインタビューは見つかったので、実際の価格表と合わせて、頻繁な価格改定は何を狙ったものだったのか紐解いていきたい。
Chili Piperの創業経緯
Chili Piperは、2016年にニコラ・ヴァンデンバーグ氏とその妻であるローラ・ヴァンデンバーグ氏によって創業された。もともとニコラ氏は1990年代、アップルからスティーブ・ジョブズを追い出したことで有名なジョン・スカリー氏とLive Picture社を立ち上げて会社を売却。ついで2つのスタートアップを創業したあと、Google Fiの構築に関わる通信スタートアップ LightSquaredに2010年に入社。ここでニコラ氏はのちのChili Piperの着想を得る、2つの経験をする。
1つ目に、Salesforceの入力に営業チームが辟易している現場を目の当たりにしたことである。2010年頃、BtoCサービスは急速に進化していたが、BtoBソフトウェアは旧態依然とした設計で、使い勝手が悪いものであった(いまも改善してるとは言い難い)。顧客からのメールに連絡先、電話など、あらゆる情報がのっているのに、なぜわざわざSalesforceにログインして、手動で入力させる必要があるのか、自動的にメールから情報を抜き出してSaleforceに格納するサービスを作れるのではないか、とニコラ氏は最初の着想を得た。
2つ目に、CIOとしてソフトウェアベンダーと交渉する際、Oracleとの契約で不合理な価格体系を経験したことである。バンドルされている17のソフトウェアのうち、利用していない9つのソフトの解約を申し出たにも関わらず、アンバンドルによってかえって価格が上昇するという理不尽な対応を受けた。この経験から、ニコラ氏は既存のソフトウェア販売の仕組みに対する強い不満を抱き、より公平で透明性の高いソフトウェアビジネスを作る必要性を感じる。
これらの経験を基に、ニコラ氏はまず「フローティングアプリ」と呼ばれるアプリケーションを開発する。これは、営業担当者がCRMに入力する手間を省き、メールや電話から自動的に情報を収集・追加するツールであった。しかし、競合であるImplicit社とRelateIQ社が相次いでSalesforceに買収されたことで、この分野での競争は困難を極めると判断して、ニコラ氏は一旦会社を閉じる。そして、自分が対峙している分野のなかでも更にニッチに絞るべく多くの企業と話す中で、営業における日程調整が依然として大きな課題となっていることを見つける。
様々な企業に話を聞きに行って、「営業においてどんな問題を抱えていますか?」と尋ねました。すると、Five Starという企業が「見込み客開拓チームと営業担当者の間のスケジュール調整に問題を抱えています」と話してくれました。私は「その問題の解決を、2万ドルでできるとしたらどうですか?」と提案しました。すると、「妥当な金額ですね。わかりました」と。振り返ってみると、彼らにとってもこの問題を解決するために支払う金額として、それほど高額ではありませんでした。その後、他の人たちにも同じ問題があり、同じように解決に費用をかけようという意欲があることがわかりました。
こうして2016年、ニコラ氏は営業担当者の日程調整と、Salesforceへの同期という二つの価値提案を見つけ、妻のローラ氏とともにChili Piperを創業。あらゆるミートアップやカンファレンスにCEO自らを足を運んで象徴的な事例となる顧客たちを自ら獲得していき、CEO一人でARRを約1.5億円まで積み上げていく。以後、初期のトップ営業と顧客事例を足がかりに、Chili Piperはユニコーン企業への道を駆け上がっていくことになる。
最初の価格改定:新しいバイヤーの獲得
簡単に創業経緯を知ったところで、いよいよChili Piperの価格の歴史を追っていこう。
まずは創業時2016年4月の価格設定。最初の価格表は非常にシンプルで、ユーザーあたり25ドル/月という価格設定。Salesforceとメールサービス、カレンダーを同期して、会議の日程調整を簡単にできることと、誰の空き時間を割り当てるか独自のルール(例:John、Mary、Royは西海岸の顧客のみ、DanyとJaneは従業員500人以上の顧客のみ)を設定でき、現在のChili Piperでもコアとなっている機能がすでにあることが分かる。

この、ユーザーライセンスだけのシンプルな価格設定は2016年、2017年と続き、2018年7月には創業以来はじめて価格改定を実施する。この改定では、ユーザーライセンスの価格はそのままに、オプション「Intelligent Form Booker」(定額200ドル/月)が導入される。このオプションがChili Piperの2つ目の価値提案になる。

それまでのChili Piperは、セールス業務に向けた「日程調整」「Salesforceへの同期」「セールス同士での商談数の均一化」といった価値提案のプロダクトだったのに対して、新しく追加されたオプションはマーケティングチーム向けに作られている。というのも、新しいオプションでは、日程調整をセールス⇔顧客の接点だけで行うだけなく、LPに埋め込むことや、MarketoやHubspotといったMAツール上と連携してマーケティングメールにも埋め込めるようになった。また、セールスに引き渡すリードとして条件を満たさないリードには、日程調整ではなくセミナーやデモ動画へ誘導するような、見込み顧客の選別ロジックも作ることができるようになっている。ニコラ氏によると、こうしたマーケティング部門の抱える課題は、なぜか顧客自身も意識しておらず、見つけたのは偶然だったと言う。
もっと早く気づいていればよかったのですが、実際には、お客様と話しているうちに、この問題に気づいたのです。そして興味深いことに、お客様はそれを問題として表現していませんでした。実際、マーケティング部門がウェブサイトへの訪問者を呼び込んで、問い合わせフォームを書かせることに多額の費用を費やしている一方で、実際にミーティングにこぎつけるのは僅か40%ということが分かりました。しかし、向かいの席のアウトバウンド担当者のコンバージョン率が3%しかないことを考えると、問い合わせの60%が失われるというのは恐ろしいことです。そして、この問題に最も敏感になのは、マーケティング部門だということが判明しました。マーケティング部門は、今ではリードを集めるだけでなく、パイプラインの生成をますます担当するようになってきています。そして、パイプラインの障害となるのは、もちろんミーティングの開催です。リードを手に入れても、ミーティングを依頼して実現しなければ、パイプラインは生まれません。私は営業担当者にソフトウェアを販売する会社を設立したにもかかわらず、突然、マーケティング担当者にも販売するようになりました。
同インタビューによると、このオプションは予想以上に好評だったようで、すぐ売れ始め「契約した顧客の単価は倍になった」。蛇足ではあるが、オプションが200ドルで、ユーザーライセンス単価が25ドルだったので、ユーザーライセンス数は平均8つ前後だったということが分かる。Chili PiperがSMBからミッドマーケットで導入されることの多いことを考えると、平均ユーザーライセンス数が8つというのは、違和感のない数字に見える。
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